北高界隈 周辺の景観(T深貝氏 提供)

北高界隈 【周辺の景観(T深貝氏 提供)】 

1,忠節橋近景

 過去に多くのOBOGが母校への通学路として利用し,今も市中心部から通学する在校生にとっての経由地となっている忠節橋。

 現在のユニークな鋼製アーチ橋が完成したのは,戦後間もない1948年。

その後幾多の化粧直しや耐震化などの補強工事を経て,今なお長良川にその美しい外観を映している。

1991年,同窓生S氏が自らのシナリオを映画化したラブストーリー「薄れゆく記憶のなかで」は,現役高校生を主役にこの橋をメインステージとして上映された作品で,ご記憶の方も多いと思われる。

2,整備拡充の進む岐阜赤十字病院

 県都岐阜市に数多く立地する大規模病院の中でも,岐阜赤十字病院は,地域医療の中核をなす施設の一つである。一時は,隣接する他市への移転が危惧されたが,最終的に現在地でそのまま居を構えることとなり,地元住民も胸をなでおろしている。

 規模拡大事業も進められており,新館がオープンした後,現在は旧館の改修工事中である。

3,忠節交差点付近を快走する路線バス

 北高前停留所を経由するバス路線は,かつて主流だった鷺山循環,御望野行きが大幅に縮小され,今では岐阜大学・大学病院行きが基幹路線となっている。

 大学に隣接する形で,大学病院が柳戸地区に移転し,この方面への需要が急増したことによる再編成だ。

 ちなみに御望野バスターミナルは既になくなったほか,市営バス事業も全面撤退し,岐阜市内は全て,民営の岐阜バスに一元化された。

4,サンサンデッキから見た長良川球場(

 メモリアルセンター(かつての総合運動場)の一角にあって,真夏に甲子園を目指す高校球児たちが熱戦を展開する長良川球場は,ナイター設備・電光スコアボードなどを備えた近代的球場だ。プロ野球オープン戦のほか,公式戦にも利用されることがある。

  長らく硬式野球部不在の時代が続いた母校も,1990年,創立50周年を機に硬式復活,今では,甲子園出場の可能性もゼロではなくなった。

5,大型S.C.の先駆け,マーサ21

 正木地区,鷺山商店街隣接地に偉容を誇るマーサ21は,紡績工場の跡地に誕生した総合ショッピング・グルメ・アミューズメント施設である。

  岐阜市内・周辺都市に,数多く立地する郊外型S.C.の先駆けともいえる。

 1階のプラザは,開放感のあるスペースとなっており,忠節駅がなくなった今,下校途中の生徒たちには,新しいふれあい空間になっているかもしれない。

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